インターネットがこれだけ普及した世の中では
今まで知らなかったことでも様々な情報が入ってきます。
世界の情報でさえに
すぐに分かる便利な世の中になりました
今まで知らなかった情報を聞いた時皆さんは
びっくりしたことでしょう
初めて知るから驚くのでしょう
戦後、日本にはまだテレビもほとんどなく
パソコンなどはもっての外でした
九州で何が起きているのか北海道で何が起きているのか
想像すらできません
警察の不祥事でも
現在より戦後のほうがあったことでしょう
でもごく近くの情報だけしか分からなかったのでしょう
現在は違います
日本どころか世界までの情報が瞬時に分かります
時代が変わり、たとえ どんなに小さな出来事でさえ
調べれば分かります
最近になっていろいろ事件が起きているわけではなく
いろいろな情報が入ってくるようになったことで
認識できていると言えるはずです
たとえば海外での少年による無差別銃乱射した事件なども
昔はなかったとは言えないでしょう
昔はそんな情報が入りにくかったと言うべきなのでしょう
今は人種差別がほとんどなくなったと思いますが
昔は凄かったことでしょう
現在では考えられない暴動が起こっていたはずです
しかし、情報が入ってきやすくなったことによって
嫌になったことはありませんか?
今まで普通に付き合っていたのに
自分の悪口を言っていたと聞いてしまったら
どうしても接し方が変わってしまいませんか?
逆に知らなかったほうが良かったと思ったこともあるはずです
知ることによっての変化があるでしょう
私は、地球上の生物は真似をして生きていく
動物だと思っています 人間もそうです
生まれてから初めて出会う親を真似て育ち
他人と出会ったら意志ではなく自然と真似ていきます
他の動物でもそうです 親を見て真似ているのです
鳶は、鷹にでも虎にでも変わるでしょう
一人一人に可能性はあります
しかし、その可能性は自分だけの力では分からないでしょう
可能性を引き出してくれる人や可能性を引き出すために
経験したことのない世界に飛び込む度胸が必要でしょう
自分のことは自分より他人のほうがよく観察しているものです
私が詩の中で――とりあえず飛び込んじゃいな
(中略)飛び込んじゃえば
何とかなるさ――と綴っているように
まず飛び込まないと始まらないのです
飛び込んじゃえば何とかなるのです
たとえ駄目だったとしても得ることはきっとあります
自分が自分に対して諦めてはいけません
しかし真似をすることの中でも
情報によって真似をしていることってありませんか?
先ほども触れた、世界で起きる少年犯罪などは
日本でその情報を流す必要性があるのでしょうか
世界経済の情報なら分かりますが、
世界の凶悪犯罪を日本で報道することに
何のメリットがあるのでしょう
拳銃社会について話し合うためでしょうか
では、すべての国が日本と同じように拳銃を持てない
国になったらどうなるでしょうか
拳銃を持っているのは
決して殺人をするためではないのです
護身のためです
人種差別があった国で生まれた心の悔しさは
差別がなくなったと同時に消えると思いますか?
人種が違っても同じ人間です
悔しさや憎しみは残るはずです
日本人は差別などほとんどなかったでしょうが
他人にされた嫌なことは心に残ります
一生涯、心に残る傷もあるはずです
人間は人を許すということに対しては難しさがあります
だからこそ日本と同じように拳銃を持てなくなったならば
もっと殺人が増えるはずです
すべての人が拳銃を護身目的で所持したならば
相手の拳銃所持の怖さから犯罪を犯さず踏み止まるような
ケースもたくさんあるのではないかと思います
一人一人が拳銃を護身目的で所持し
『自分も撃たれる』と思う心に
ブレーキをかけている人がたくさんいるでしょう
しかし現在では拳銃社会ではない日本でも
銃犯罪が起きています
外国の拳銃社会について話し合っても仕方がないのです
だったら事件について知らないほうがいいと思います
情報が入り自然と真似て起こる事件は怖くないですか?
初めて凶悪犯罪を聞いた時は皆もびっくりしました
しかし、それが何度か起きることで『まただよ』と慣れていきます
現在の情報収集が容易く また聞きたくなかった情報までが
当たり前のように乱発していることに対して
皆さんはどのように思いますか?
今の若者は
『昔のように野球などをして外で遊ぶことをしなくなり
家でゲームばかりをしているから駄目だ』と言います
そんなことよりも今までは聞かせたくなかった
凶悪事件に対して聞き慣れてそれが当たり前になることの方が
恐ろしいことではありませんか?
それに『今時の若い者はどうしようもない』
『私達の時代は違った』
『昔はこうだった 今の人達は……』などと口にする人がいます
言っているあなた達が
『今時の若い人』にしたのではないでしょうか
昔は昔 現在は現在 時は止まっていません
流れているのです
昔と今は環境がまったく違います
昔の環境そのままの現在であれば変わりはないはずです
昔と比べることはできないのです
時の流れと共に人間は進化し成長しているのです
進化や成長をさせているのは若者ではないのです
私達大人です
どこから大人となるのか分からないのですが
都合が悪いことばかりを
若者のせいにするのはやめましょう
若者も若者なりに現在を
必死で頑張っていることを分かってあげましょう
私達を『大人』と言うのなら
もっと温かい心で若者を
見守ってあげようではありませんか
何事もすべて大人の責任です
今 男が弱くなり女が強くなったと言われています
男が女を強くさせたのです
行動よりも口数の多い男が増えたのです
『男と女は違うのだ』
『男の気持ちが女には分からない』など
男の気持ちは女だからこそ分かるはずがないのに
『男は大変だ』
『女とは違う』と男を特別扱いしているのです
そこまで言うのなら最低限のやることをやればいいのに
口先だけで終わり行動が伴わず
能書きを並べるだけになってしまっているのです
女は女で頑張っているのです
男も男で頑張っているのです
男だけが特別ではないのです
女の道
男の道があるのです
たとえそれは決して理解できないことであったとしても
理解してあげたいと想う心こそが
男の器であり大きな愛なのです
『男』と言うのであれば
広い大地を二本足でしっかり踏みしめ
揺るぐことのない大きな心で構えるべきです
男と女の違いは
読み方と性別だけという小さな違いだけであって
助け合い
認め合い
共に笑いながら
同じ歩幅で歩んでいく人間なのです
theme : エッセイ
genre : 小説・文学